医学部受験と予備校選びについて

息子が医学部に受験をしたいと言い出した

息子が医学部に受験をしたいと言い出したときはかなり戸惑いました。
というのも医学部の合格率というのは、日本では最高峰といわれているのを知っていたからです。
だれでも最高峰というと東大といわれていますが、じつは医学部もそれ同様に超難易度が高いものです。
東大はレベルが高くても、1学年で1000名ほどの合格者を出しますが国立の医学は1学年110人程度しか合格者を出しません。
ましてセンター試験は科目がとても多いということと、センター試験で9割の得点をあげないと二次試験でも安心して受験をできないということはわかっていたからです。
では、国立でなくて私立でいいかというと、それは我が家の場合は、不可能でした。
なぜなら私立の医学は学費が6年間で数千万は当たり前です。
しかもそれは学費だけでその額になり、そのほかを含まれるとどこまで費用がかかるのかまったくわからないですから、我が家には到底無理だと思ったのです。

専用寮完備の医学部予備校で1年間勉強しました

私が医学の道を志したのは、高校3年生の夏頃でした。
それからダメ元で必死になって勉強したのですがやはり時間的に厳しく、結局浪人という形で1年間みっちりと勉強することなりました。
浪人してでも、夢を追い掛けたかったのです。
そして高校卒業後すぐに医学部の予備校に通うことを決めたわけですが、更に私は専用の寮が完備されたところへ通うことにしました。
まず私が何故寮付きの予備校を選んだのかと言うと、1つは自宅から通うようにすると自主学習などの面で甘えてしまうだろうと思ったからです。
自分の性格は自分が一番分かっていますから、親元を離れて勉強できることにも価値があると考えました。
加えて、同じ夢を持つ仲間と同じ場所で生活することに意味を感じていました。
正直浪人をしている状況に引け目も感じていましたから、理解し合える仲間の存在を求めていたのでしょう。
勉強ができそうな人たちが近くにいることは実際刺激にもなり、結果的には良い選択を取れたと思っています。
肝心の予備校生活では、いきなり春先から壁にぶち当たり前途多難なスタートでした。
寮が校舎と一体型になっていたのでそこまで早起きをする必要はなかったのですが、身の回りのことを自分でする時間を計算に入れながら生活するのは大変でした。
同じように一緒に生活していた仲間たちも同年代の人が多かったので、一人暮らしの経験が少ない人ばかりで妙なシンパシーを感じてしまいました。
ただ勉強については、言うことがありませんでした。
入る前にはちゃんと周りに遅れず勉強できるのか親にも心配されるほどで、自分でも不安でいっぱいだったのを覚えています。
ところが1年間掛けて勉強できるスタイルだったために、夏前まではほとんどこれまでの復習授業のような内容ばかりでした。
寮に帰ると勉強を教えてくれる仲間もいましたから、勉強自体が嫌になることは一切ありませんでした。
同時に復習を重ねていく中でいかに基礎が大事なのかも思い知らされました。
医学部を目指していることもあり、恐らくはガリ勉状態で生活していたのだろうと想像する人もいるでしょう。
ですが現実はみんなでワイワイご飯を食べたりゲームをするときもあったりと、和気あいあいとした楽しい雰囲気で1年間を過ごせました。
秋頃にもなるともうほとんど受験のことしか頭にありませんでしたが、それでも仲間同士でバチバチしたりすることもなく、同じ目標を持つ仲間がいるのがどれだけ心強いかという喜びを感じる毎日でした。
勉強では春先に50ちょっとしかなかった私の偏差値が、秋には60中盤ほどにまで上がっていました。
予備校では通常の学校のように定期テストがあり、その成績の変遷を表す自分のグラフが毎回プリントにして渡されます。
そこに志望校の合格ラインや偏差値と照らし合わせて、その後の勉強の仕方などを講師に相談するのです。
半年間で偏差値が10以上上がった私のグラフは、それはキレイな右肩上がりのものになっていました。
当初はどうなるか不透明だった私の未来も、このときには相当明るくなっていたように記憶しています。
いよいよ受験シーズンになり、寮の仲間たちはそれぞれ志望校が違うので当然受験日時も違います。
このときには特に同期で入った仲間たちの絆が非常に強まっており、それぞれの受験直前には互いに小さな壮行会のようなものを開いていました。
一度浪人している身ですから二度と失敗できないプレッシャーもありましたが、仲間のおかげで勇気いっぱいな気持ちになれました。


び春が訪れ、私は無事に志望校へ入学することができました。
予備校を卒業し寮を去る当日には、寂しさで涙が止まりませんでした。
一生忘れられないような、仲間との繋がりを生み出せたような気がしています。
受験はやはり全員が成功したわけではありませんでした。
不合格になった仲間の分も、医学部生活を大切にしていきたいと思っています。

息子が医学部に受験をしたいと言い出した | 合格できる方法の模索 | 現役で医学部に合格できた